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22年目の真実 (3ミクロンの鉋くずのための極限の研ぎとはー超薄削り、鉋の研ぎ方) [研ぎと道具など]

 

 

 平成元年から、毎日ずっとこの課題に取り組んでいたわけではなく、独立後は何年も中断していた時期もありました。でもずっと頭を離れず、そして思い出したように取り組んでも、「これは不可能への挑戦なのか?」と何度もあきらめようかとも思いましたが、今はあきらめないで本当によかったと思います。 

 

 

 研ぎに関して、こんな内容を一般に公開した人はおそらく、いないことでしょう。批判も受けかねないことゆえ、公開すべきかどうか、ちょっと迷いましたけど、あえて公開するにはみっつの理由があります。ひとつには皆さんに対して、木を削るということがこんなにも深いということを知って欲しかった事。

 もうひとつは、地方などの情報の少ない場所で僕と同じように削りに関して苦労している人のためでもあります。僕が目指した事は「ごく普通に手に入る砥石で、努力次第で最高の刃先を得られること。」、なぜなら、現代の職人が置かれている状況があまりにも厳しく、お金がなければチャレンジすら出来ないのでは寂しすぎますから、、、。

 三つめの理由は最後に書きます。

 

 この11月に到達した境地は唯一、絶対の真実ではもちろんありません。すでにこの世界に到達し別な研ぎ方でそれを実現されている方も必ずいると思います。ここに書いた方法はあくまでも僕なりの方法であり、後日の検討によって無駄と判明する工程もあることでしょう。

 しかしまた、非常に多くの原理も含んでおり、そこから派生する応用は、木と刃物と砥石の関わりをさらに深く、豊かにすることでしょう。

 

 

 ここまで来るには本当に苦労したのです。札幌といえどもやはり地方都市ですから、この世界をとことん追求したいと思った時に有効な情報は地元では手に入りませんでした。それはちょっと寂しい状況でもありました。

 こうして公開すれば、誰にでも見るチャンスはありますし、北海道の人間なら僕を訪ねて来ることも出来ましょう。そうしてさらなる研究も進むかもしれません。つまり北では僕が発信源になってあげられます。真実を得た者の責務とも言えましょう。

 

 これもまた、木の文化のあり方です。

 

 

  では、始めましょうか?  

 

 1.   「鉋とは何か?」

 「鉋とは何か?」と問われるならば、「武士にとっての刀のようなもの」と言うのが近いのかもしれません。

 武士だって、総合力は要求されたでしょう。剣術、学問、人脈、等。でもその根幹をなすのは、やはり剣術だったのではないでしょうか?それを磨き上げ、極めたと納得できた時、ようやく自己を確立できたと思えたのではないかと想像するのです。鉋とは、それとよく似た存在かもしれません。

 11月になって、「剣術」ならぬ「研術!?」をとうとう極めたと思える大きな出来事がありました。今は達成感と虚脱感の入り混じった、とても不思議な気持です。

 

 では、この22年の研ぎの歩みをなるべく解りやすくお話しましょう。

 

 

  2.   「鉋鍛冶、碓氷健吾さんとの出会い」

 プロの道に入って4年経った平成元年のこと、当時勤めていた(財)スウェーデン交流センターの指導員として来日していたペールさんと新潟県は与板の名工、鉋鍛冶の碓氷健吾さんを訪ねる幸運に恵まれました。これが鉋の深い世界にどっぷりと浸かるきっかけになりました。

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 左から、ペールさん、碓氷さんの奥様、碓氷さん。

 与板には夕方着き、晩御飯をごちそうになりながらの鉋談義は深夜まで続き、翌日は実際の鍛冶仕事を見せていただいたのですが、この二日間のお話には本当にびっくりしました。

 鍛冶屋さんの世界とは漠然と昔ながらの「トンテンカン」の世界を思い描いていましたが、さにあらず!碓氷さんの口から出てくる言葉はオーステナイト、セメンタイト、炭素量、イオウ、リン、クローム、タングステン、モリブデン、ロックウェル硬度、ビッカース硬度、などなど、まるで科学者かのようなお話でした。

 鋼はきちんとメーカーの成分分析をもらいながら自分の目でも確かめて買い、出来た製品の結果は顕微鏡で組織を確かめ、自分でも研ぎ、それをまた顕微鏡で見、削ってみて、体でも確認し、懇意の大工さんにもモニターになってもらって結果には謙虚に耳を傾ける。それでも腑に落ちない結果は電子顕微鏡での検査を頼んだり、それらの結果をメーカーと話し合うなどなど、すさまじいバイタリティーで科学と経験と感を働かせる、小さな巨人のような方でした。

 以来、碓氷さんは単にすばらしい鉋鍛冶という存在ではなく、モノつくりの目指すべき姿として、僕の中で息づいているのです。

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 顕微鏡で組織を見せてくれる碓氷さん

 さてお別れの時、「ハネだから」と数丁の鉋をお土産と称して差し出されましたが、とても恐れ多くて受け取ることが出来ませんでした。すると碓氷さんが「じゃあ、結果をちゃんと報告するということにして持って帰って下さい」とおっしゃるので、「解りました、必ず報告します!」とお約束して、頂いて帰って来たのです。

 

 3.  「長切れ試験と大いなる課題」

 その後、木曾、奈良、京都を見て歩く間もずっと、それらの鉋の結果をどう報告するかを考えました。

 碓氷さんは、ご自分の代で名声を勝ち得た方ですが、鉋鍛冶には二代、三代と続く名門もあるのです。それらの鉋を借りたり、手に入れてあった物との性能比較試験をしようと思ったのです。

 この試験は10ミクロンと20ミクロンにおいてそれぞれの鉋がどれだけの距離を引くことができるかの試験だったのですが、鉋を引いた距離が延べ2キロ以上という大変な作業の後、その結果を表にまとめて後日、碓氷さんに報告したのでした。

 碓氷さんにとって、そんな試験をした者は初めてのことだったようで、「神様が巡り合わせてくれたんだね?」とまで言って、喜んでいただいた試験でした。

 しかし、この試験には課題も大きかったのです。6丁ほどの比較だったのですが、条件を一定にするために、刃角度を一定にする研ぎ器を作り、中砥石と仕上げ砥石にかける回数も一定にはしましたけれど、それぞれの刃には研がれやすい、にくいの特性もあるわけで、研ぐ回数を一定にしたからと言って、条件が一定とは言えないわけです。

003、研ぎ器.jpg

 研ぎ器。左下の丸棒がローラー

 

 ならば、例えば、顕微鏡で刃先厚みが一定になったところで比較試験をするのがいいのか?と考えても、現実には大変なことですし、「そもそも刃先はいったいどこまで研ぐことができるのか?」これが最も大きな課題として、残ったのでした。

 

 

 4.  「天然砥石について」

 当時、最終仕上げには京都で取れる天然砥石を使っていました。不思議なことに仕上げに向く砥石は、ほぼ、京都でしか取れず、またその質は世界的に見ても、優秀なのです。その世界はこれまたとても深く、また値段も数千円から数百万!?という世界で、ちなみに下の砥石は中山という、すでに閉山した山で取れたもので2~3万で買えましたけど、中央に見える筋がなければ軽く10万は越す品物だと言われたものです。

 硬い、硬い石でずっとその本当の価値を理解できませんでした、、、。この11月まで、、、。

004、天然砥石、中山鉱ー戸前.jpg

 天然の仕上げ砥石。中山鉱、戸前

 

 

 一般に言われる天然の仕上げ砥石の使い方とは次のようなことです。

「天然の仕上げ砥石の番手は人造砥石でいう4~5000番ですが、砥粒の石英が破砕されやすく、研ぎが進むに従い破砕されて細かい研ぎあがりになる」

 ということです。今、この言葉を考えるとまさしくこの通りなのですが、ここには実際に再現する大前提の説明が抜けているのです。これは最後の方で説明します。

 碓氷さんとの出会いからしばらくして、「削ろう会」という鉋好きの集まりが出来、盛り上がりを見せ始めました。そこでは削り比べが行われ、最高記録が5ミクロン、、、、4ミクロン、、、、という記録が出始めたのです。当時は碓氷さんも僕も「10ミクロン以下が出せたら一人前」という認識でいましたから、4~5などという数字はにわかには信じられないものでした。ただ、昔の名工の出した見事な鉋くずの写真は確かに今よりも、その先があることを語るものではあったのです。

 そうして「4~5ミクロンという世界を確かめてみよう」と挑戦し始めました。ずいぶんいろんな事を試しました。研磨剤も併用しようと酸化クローム、弁柄粉、酸化アルミ、緑色炭化珪素なども試しましたし、天然砥石の表面をすり合わせる小さめの砥石を名倉砥と言い、その種類もいろいろ試しましたが、天然砥石を使う限り、その限界は6~7ミクロンだったのです。

 すでに碓氷さんとの出会いから13年が過ぎていたでしょうか。

 

 5.  「白石知男さんとの出会い、そして人造砥石での挑戦」

 2001年のこと、「削ろう会」の会報に砥石によって出来る凹凸のデータを投稿されている白石さんという方を見付けました。天然砥石での凹凸の深さに大きな疑問を持っていた僕は、いきなりこの方にお電話をかけ、「札幌で仕事のかたわらこんな研究をしている者です。お力を貸していただけませんか?」とお話をすると、「同好の士ができた」と喜んで協力を申し出て下さったのでした。

 また、この頃には10000番というそれまでの人造砥石と比べて非常に細かい番手の砥石が存在することも知り、白石さんにお願いをしてそれも手に入れ、挑戦してみることにしたのです。

 昔から、腕のいい職人の間では「天然の方が切れる」という定説があり、それを信じて天然砥石にこだわって来たのですが、そこにすっかり限界を感じての方向転換でした。

 白石さんに自分で研いだ刃を送り、顕微鏡写真を撮っていただいたところ、そもそも中砥石の研ぎ目が最終仕上げの段階までわずかに残っているという改善点もみつかり、ようやく5ミクロン程は出せるようになりました。

 しかし同時に「削ろう会」では3~4ミクロンの記録も出てもいて、10000番での限界は5ミクロンほどで、どううがんばってもそれを下回る事が出来ず、もうこれは砥石ですることの限界と感じこの後は研磨に頼るしかないと判断しました。

 

 6.  「ラッピングへの挑戦」

 金属加工の分野にラッピングという手法があります。鋳物、銅板、樹脂板などを定盤として、その上で研磨剤を使い、部品の仕上げ精度を高める手法です。これであれば研磨剤の番手の選択次第でその仕上がりを高められるはずだと思ったのです。

 

 研磨剤に関してはすでにある程度の知識はありましたから、定盤の選定が問題でした。鋼の板、鋳物、銅板、真鍮板、各種の樹脂板と試し、最後は人工大理石が身近な素材の中では一番とわかりました。

 その上に、自動車の磨き用の研磨剤を油で溶いたものを使って、ようやく4ミクロンまでは出せるようにはなって来たのですが、、、。

005、ラップ盤と研磨剤.jpg

 試用したラップ盤。左から鋼、真鍮、ポリエチレン。右の3点は研磨剤で、白いのは酸化アルミ、その右がGC、上は酸化クローム(青捧)

 

 

 7.  「刃先がたわむ!?」

 4ミクロンまで出せるようになると、今度は別な問題が発生してきました。

 研ぎあがりのチェックは、紙のコバに刃先を刺して、その抵抗感で判断しています。

006、紙コバ試験.jpg

 

10000番の限界まで研ぎ、研磨剤でラッピングをした刃は紙コバ試験では非常にいい感触なのに、実際に削るとその「引き味が重い」、これは何度挑戦しても同じ事の繰り返しでした。

 今になって考えてみれば、10000番と言えども刃先にはギザギザがあるわけで、ラッピングではその山谷の谷の厚いところまで刃先を揃えるわけですから、刃先は一直線とは言え、厚く、その厚みはおおよそ1ミクロンほどなわけです。

 その刃で削りをすると、削り肌はツルツルですが、一直線の刃が材にもぐりこんで切り進んで行く抵抗は大きく、かつ材料の順目と逆目に沿って、刃が深くもぐったり、押し上げられたりする結果、鉋屑の厚みは不安定な切削になっていたわけです。

 それは明らかに刃先が「たわむ」現象と言えました。

 もっと鋭い刃先にしなくてはいけない、、、しかしその方法は?

 またしても壁にぶつかってしまいました。

 

 8.  「刃物鍛冶、目次伯光さんとの出会い」

 白石さんとお付き合いのあった、東京の刃物鍛冶で目次伯光さんという方がいて、「その腕もさることながら、研ぎがまたすばらしい」と聞かされていました。もっと鋭い刃への限界を打ち破るヒントを求めて、その彼を紹介してもらい、お付き合いがはじまったのは2008年の春の事。ここからの進展にはめざましいものがありました。

 

 目次さんは、冶金の基礎的知識はきちんと持ちながら、機械加工には頼らない、まったくの手作業で、人間の感覚を頼りに刃物を作っています。しかしそこから出来上がって来た物は、まるで精密機械で作ったかのような、すばらしい精度なのです。

 そしてその研ぎ!初めて見た時は「これが人間業か!?」と思うような研ぎでした!

 

 彼とは問題意識は似ているものの、天然砥石をよしとし、僕は人造砥とラップというまったく違うところで追求していたので、お互いの知識が非常に新鮮で、あっという間に意気投合しました。そしてお互いの知恵を出し合いながら多くの仮説と実験を繰り返し、いろんなことが解明出来ました。

 

 9.  「ミクロの内丸鉋状、仮説!?」 

 目次さんの立てた仮説で非常に重要だったのは「研ぎ目の残る刃が案外軽い印象で削れるのは、ミクロの内丸刃がずらっと並んだような刃先になっているからではないか?」ということでした。

 面取り鉋に内丸鉋という物があって、こんな刃の形をしています。

007、内丸鉋.jpg

 

 この刃の研ぎは面倒なもので、仕事の現場では中砥石で終わってしまうこともあるのですが、それでも案外使えるものなんです。

008、内丸鉋の刃.jpg

 それは、削りの進行方向に対して、刃の稜線に斜めの部分があり、そこが特に抵抗を和らげていると考えられます。仮に研ぎ目の残った刃がミクロのサイズの内丸の刃が並んだ状況と考えるならば、一直線に研がれた刃よりも滑らかな切削をするという考え方は成立し得るのです。

009、内丸鉋状イメージ図.JPG 

 ミクロの連続内丸刃のイメージです。ただしこの山と山のピッチは1ミクロン前後の話。 

 さっそく実証実験をしてみようと、切れ刃に1000番、2000番、天然砥、10000番の4種類の研ぎ目を縦につけ、裏は10000番のピカピカ状にした4タイプの刃を比較してみると、1000番で15ミクロンの鉋屑が出せ、2000番で10ミクロン、天然と10000番は4ミクロンという驚きの結果になったのです!

 1000番なんていう荒い研ぎ目でも裏が細かく研げていれば15ミクロンなどという立派な削りができるということは想像出来ないことでした。

 しかも、天然砥石と人造の10000番の比較では同じ4ミクロンとは言え、天然の方が軽い引き味だったのです!

 どうやら、細かすぎる研ぎ目はかえって引き味を重くさせてしまうらしく、天然砥石程度の研ぎ目は鉋削りにはちょうどよいのではないのか?

 これはとても示唆的な結果であり、そして真実にジリジリと近づいているという予感がしてくるのでした。

 

 10.  「返りはなぜできるのか?ー塑性流動説?」

 ここに来て、もうひとつクリアしなくてはいけない問題が出て来ました。それは「返り」です。

 今までは、限界まで研いで、その後はラッピングに移っていたので、この工程で返りは取ることが出来ていました。しかし、ミクロの内丸刃を意図して作ろうとするとそれは砥石だけで研ぎ上げることですから、返りが思うように取れずいつまでも残っていて、すっきりとした刃にならないのです。

 「返りを制する者が研ぎを制する」ということが、改めてはっきりと課題となりました。

 そのころ見つけた、研磨に関する特許の文章の中に興味深い一文がありました。「返り」とは刃元から刃先に向かっての研磨によって鋼の表層が塑性流動するために起きるというのです。ですからその特許の研磨方法は刃先から刃元に向かって研磨すれば、返りは出ないと言うわけです。

 これもまた核心に迫るために重要な考え方となりました。

 

 11.  「押しても、引いても返りは出る!?」

 刃先から刃元に向かって研磨すれば返りは出ない。この考え方は一定の効果はもたらしましたが、まだ完全ではありませんでした。

 砥石を縦に置いて、手前から向こうに刃物を押せばそれは結果として刃先から刃元に向かう研ぎとなります。これを「押し研ぎ」と呼びましょう。引きの動作の時は刃物を砥石から浮かせて、押し方向だけで研ぐとします。

 理論通りの内丸刃を得るために、切れ刃は押し研ぎ、裏は横研ぎにしても、その結果を顕微鏡で見ると刃先にほんのわずかに「丸み?」が見えるのです(その大きさは0.数ミクロンと思います)。これが「押し」でも出る返り(まくれ)なのか?それとも別な原因によるものかがしばらくわかりませんでした。

 しかし、よくよく観察すると、それは砥粒の山が刃先に当たって刃先がめくれ上がった痕跡のようにも見えます。

 

 ならば、砥粒の山の頂点を削ってしまうことが出来れば、このめくれを最小に出来るはずだと考え、20年ほど前に買って使いこなせなかったGC極硬1000番という、極端に硬い人造砥石で仕上げの10000番の表面を平らに均して研げばいいのではないか?そう思って、やってみるとこれが大当たりだったのです!

 今まで10000番でも付いてしまうわずかなキズの深さが明らかに浅くなり、鏡面の度合いが上り、なおかつ腑に落ちなかった刃先の「丸み」も最小になってきました。

 とうとう真実の一歩手前まで来た! 

 そんな興奮に奮えた瞬間でした。

 

 12.  「硬い1000番での摺り合せ」

 僕が使っている顕微鏡は小学生のころから持っている古いもので、レンズがすっかり汚れてしまい、50倍でしか見ることはできませんが、そんな倍率でもこの22年やってこれたのはその倍率でも、おそらく0.5ミクロンくらいまでは見ることができたからでしょう。

 このGC極硬1000番での摺り合せによって10000番で研いだ刃先の厚みは、50倍で見ても、まるでゼロのように見える次元まで来たのです。(もちろんゼロではないのですが、、、。)

 そうして研いだ刃先さえ、紙コバ試験をするとわずかにひっかかりを感じる、スカッとした切れ味ではありません。どうやらもう50倍では見えない、わずかな返りが存在するのでしょう。

 

 この時、ふと、このGC極硬1000番を天然の仕上げ砥石の摺り合せに使っても効果はあるのだろうか?と思ってやってみると、やはりキズの浅い研ぎになるようです。そしてさらに隣に置いてあった、柔らかい天然砥石の上に出ていた砥粒を指でぬぐって、この硬い天然砥石の上に置き、その砥粒だけで研ぐイメージで研いでみると、、、。

 

 とんでもないことが起りました!紙コバ試験で

 

  今までに味わったことのない切れ味です!!!?

 

 ここに来て、「これは遊離砥粒の効果ではないのか?」という考えがふつふつと沸いて来ました。

 

 13.  「研削と研磨」

 このふたつの言葉の区別はあいまいです。あくまで自説ですが、僕はこれを分けて考えたいと思っています。

 まず研削は固定された砥粒の鈍角の角が刃物となって削るイメージ。それは例えるなら、ヤスリのようなものです。

 そして研磨は遊離砥粒が小さな抵抗でかすめとってゆくイメージ。それは例えるなら砂の膜の上層を泳ぐようなものです。

 そう考えるとスッキリと説明できることがたくさんあるのです。 

 

 天然であれ、人造であれ、固定砥粒による研削は引っかく抵抗が大きく、刃物の表層に塑性流動を起こし、それが返りになる。それがどんなに細かい番手であっても、細かいなりの返りは出る。ところが遊離砥粒による研磨は引っかく抵抗が極めて小さく、かつ小さな砥粒が密集した状態での、もはや研削というよりも磨くと言ったニュアンスの作用をする。おそらくそこでできるわずかな返りは人間の感覚では感知できないほど極小のものなのでしょう。

 

 

 天然砥石の仕上げ方の極意は、破砕された砥粒である石英と地の絹雲母などと研ぎ下ろされた刃物の粒子の三者が混ざったもの、これを砥クソといいますが、この砥クソ大事にして、その上で研ぐこととされています。これは固定砥粒ではなく遊離砥粒を大事にしながら研ぐことを意味しています。

 しかしこの遊離砥粒は多角形の粒が砥石の表面をゴロゴロと転がってゆくことであり、刃物をひっかくと同時にその下の砥石表面も引っかいているわけです。柔らかい砥石の場合は、その表面から新しい大きな砥粒がどんどん掻き起されて来ますから遊離砥粒だけで研ぐというのは下の砥石が極めて硬く、簡単には掻き起されない性質であることが大前提にあるわけです。その大前提を説明することが出来た人は今まで一人も出会うことが出来ませんでした。

011、砥クソ.jpg

 柔らかい砥石での砥くそを使った研ぎ。砥くその色がグレーがかっているのは、新しい砥粒が表層から出てきて いる証拠。砥くそだけが細かくなってゆけば、その色は少しずつ黒に近づいてゆく。

 

 では砥クソによっても簡単に表面が掻き起されない「硬い」砥石でなら、砥クソだけで研磨することは可能か!?

 

 

 

 それが可能だった!!!

 これが天然砥石の本当に深いところなのです!

 

   14、天然砥石への回帰

 天然砥石は鉱山によっても、かつ、個体によっても千差万別です。

 そして柔らかい砥石は水をわずかにたらし、研ぎ始めれば、すぐに表層の砥粒は刃によって破砕され、遊離砥粒となり表層から新しい砥粒を掻き起し、研ぎは能率的に進みます。ただし、この場合、極限まで細かくすることは出来ません。でもこういう柔らかいタイプの砥石は普段の仕事には能率はいいわけですから、もちろんこれはこれで存在価値はちゃんとあるわけです。

 初期の頃に使っていた天然砥石は割合に使いやすい柔らかめの砥石であったために下から新しい砥粒が掻き起され、いつまでたっても細かくならなかった。この場合は固定砥粒による研削と遊離砥粒による研磨が同時に起こっています。それが6~7ミクロンが限界であった理由だったのです!

 一方、硬い砥石は同じように水をたらし研ぎ始めても、砥粒をしっかりと周りの絹雲母が押さえていますから、刃によって簡単には破砕されず、従って表面の掻き起しも起りにくいのです(要は砥クソが出来にくい)。ですから硬い天然砥石は別な天然砥石を摺り合せ、表面に砥粒を意図的に出し、その砥粒だけで研磨するという、ラップ盤としての使い方をする方がその特性を生かすことができると思えます。

 そうすると硬い天然砥石の上に様々な研磨剤を使っても同じような優秀な結果を出すこともできます。或いは、摺り合せに8000番から12000番の人造砥石を使いこれを遊離砥粒として使うことも出来ます。これらは刃物硬度が非常に高い場合に特に有効です。

 物質の硬度を示す単位にモース硬度があります。ダイヤモンドを10とすれば、鋼の硬度は6~6.5。そして天然砥石の砥粒である石英は7。ですから、特殊鋼ではタングステンが炭素と結びついた複炭化物が石英の硬度より硬いのではないか?と思われる場合があり、そういうケースでは天然砥石では研ぎきれず(不可能ではありませんが時間がかかりすぎると思います)酸化アルミ(9)や酸化クローム(9)、炭化珪素(9~10)などの研磨剤を使う方がいい結果を出せると感じます。

 さて、同じ発想が人造砥石ではどうか?というと人造砥石で優秀なラッピング定盤に成り得る砥石にはまだ出会ってません。すべての人造砥石を使ってみたわけではありませんから、「まだ出会っていない」としておきましょう。

 

 ラップ盤としての硬い天然砥石の使い方を何度も確認するうちに不思議な感覚が沸いて来ました。もはやこの刃先は鋼の分子の硬軟を素直に洗い出すような研磨になっているのではないのか?ということです。イメージで言うとサンドブラストと言えば解り易いでしょうか?

 

 焼き入れ、焼き戻しをされた、鋼の組織は硬いマルテンサイトという地にもっと硬いセメンタイトという粒が分散した組織になっています。遊離砥粒はこの硬いセメンタイトに当たってかすめながら、マルテンサイトの地部分に集中して研磨してゆく。とすれば、刃先はこの硬いセメンタイトを山として、地のマルテンサイトが谷になった山谷の刃先(理想的なミクロの連続内丸鉋状)になっていると考えられます。

012、焼き入れ、焼き戻し組織.jpg

 黒い地の部分がマルテンサイト、白く見えるのがセメンタイト

 

   15、 「天然砥石には刃先を硬化させる作用がある!?」

 なぜこういう言い方が有り得たのかがずっと気になっていました。

 刃先にはセメンタイトとマルテンサイトの硬軟の並びがある。砥石による研削はその並びを無視した凹凸を作る。対して遊離砥粒による研磨はこの並びに沿った山谷を作る。

 そう考えると、どちらが磨耗しやすいかは想像に難くありません。

 先達の中に、天然砥石には刃先を硬化させる作用があると感じた人がいた。それは驚くべき、そして尊敬に値する感性です!ただそれを現代の言葉でもっと正確に言うならば、

「遊離砥粒による研磨には磨耗に優位な刃先を形成するメカニズムがある」

 それを「硬化させる作用があると感じた」のではないのか?という仮説に落ち着いています。

 

 (また、何らかの化学反応が存在する可能性がありますが、今のところは不明であり今後の解明課題ではあります。可能性としては刃先の加工硬化や酸化膜が考えられるでしょう。)

 

 

   16、「現在の研ぎ」

 具体的な研ぎの手順を説明しますと、まず、研ぐ面積を極小にするために表は2段研ぎとし、裏は反りを利用します。

 研ぎ直しの最初は裏研ぎから始めます。それは鉋くずによる摩耗によってダレてしまった部分を極力減らし、表を研ぎ落とす量を少なくするためです。

 表の研ぎから始まると、摩耗によってダレた先端に返りが出ている状態で研ぎ進んでしまい、裏を当てているつもりが、肝心の裏先端が当たっていないということが起こりがちです。


  さて、砥クソによるラッピングは非常に細かい分、極めて能率は悪いので裏の最終ラップで当てる巾はなるべく1ミリ以下としたいのです。鉋の裏は下図のようにわずかに反った断面をしています。熱処理の過程で自然に出る反りですが、昔から職人はこの反りを逆手に利用していたのではないかと思えます。

014、裏研ぎの方法.JPG

 裏の下地研ぎとしての8000番はA-Bが当たるように、浅くかけ、最終のラッピングでA-Cが当たるようにと、だんだんと深くかけるようにします。極限の研ぎの大前提はとにかく研ぎ面積を極小にすることが大事です。

 

 そして、切れ刃を2000、8000番と2段階で研いでゆきますが、各工程で下図のように前半を「斜め押し研ぎ」後半を「V字押し研ぎ」というように研ぎます。

 これは番手がひとつ上がる度に前の番手の研ぎ目と傾きを変えるためです。これによって前の研ぎ目が消え、次の番手の目になったかどうかを確認することが出来ます。

015、押し研ぎの方法.JPG

 ただし、平面において、2000番の研ぎ目が消えても刃先まで8000番の細かさになったとは限りません。刃先が8000番の目に成りきったかどうかは、時々引き研ぎの動作を混ぜて、研汁の膜にすじがなくなり、均一な膜になることで確認するのもひとつの手段でしょう。

 

 

 (1000番の同じ銘柄の砥石を3丁用意し、A-B ,A-C,B-Cと摺り合せてできた真性平面を各砥石に写すことも重要と思います。最終の砥クソラップは砥石と刃物の間が砥粒一粒の膜を挟む正確な状態でなくてはうまくゆきません。そのためには各砥石の真性平面は非常に重要です。)

 

010、返り.JPG 

 なるべく「押し」の方向で研ぐ理由は、往復研ぎだと、「引き」の動作による塑性流動によって刃先に引っ張られ、亀裂が出来る危険を防ぐためでもあります。

 上図のように、「押し」によって出来る返りと「引き」によって出来る返りとでは性質が違うと考えられます。

 「押し」によって出来る返りは砥粒が先端にぶつかることで出来る、めくれのようなもので、これにはリスクはともないませんが、「引き」によって出来る返りは、刃先に向かっての引っ張りによって出来ているので、その根元の亀裂によって大きく欠けるリスクがあります。

 これは目次さんが100倍で実際にこの「亀裂」を観察できたとの報告がありましたし、押しだけで研いだ刃は往復研ぎで研いだ刃に比べるて欠けが発生する確率が減ることでもその違いは確実にあると思えます。

 斜め押し研ぎで押しだけで研ぐとすると、引きの時は刃物を浮かせるのか?ということになりますが、そこまでしなくても、「押し」の動作の時は鋼側に重心がくるようにし、引きの時は地金側に重心が来るように意識するだけで欠けのリスクは少なくすることができるでしょう。

 

 また、1000番以下の粗い砥石は刃先の組織を脆く、崩壊しやすくしているように感じます。そしてこの崩壊した部分はかなりの深さに影響しているようです。ですから1000番で出た返りは一度8000番でおとして崩壊した部分を取り除くか、(裏を当てるのではなく、刃を立てて落とすのがポイントです。)1000番をかける前に2000番で刃先研ぎをして軽く返りを出し、その上で1000番で2000番の刃先研ぎの面ぎりぎりまでを攻めて、刃先を1000番では当てずに2000番に移行する、ということをした方が研ぎ上がりの欠けのリスクを少なくすることができると思います。

018、8000番の裏研ぎ.JPG

 さて、切れ刃を8000番まで研いだら、ひっくり返して、裏の返りを取ります。(各工程で何度も面直しをすることは言うまでもありません)まずは砥石の長さをごく軽く一往復、表を横研ぎで砥石の長さの半分を一往復、そして裏も同じ距離、これで返りはほぼ取れますが、返りはこの段階では引きちぎられてイガイガしています。そのイガイガを砥クソによるラッピングで仕上げてゆくのです。

 まず、硬い天然砥石を硬めの1000~2000番で摺り合せて砥粒の余計なトガリを落としてしまいます。そして、柔らかい天然仕上げ砥石でもう一度摺り合せ、表面に天然の砥粒をサラリと出します。

 この作業に使う砥石は、細かく柔らかいほどいい結果が出る印象があります。想像でしかありませんが、摺り合せによって出た砥粒はいくつかの粒の集まりであり、柔らかい砥石、硬い砥石から出たそれぞれの粒の集まりは砕け方が違うのだろうと思います。硬く砕けにくい粒の集まりはひっかく抵抗が大きく、遊離砥粒ではありますが、固定砥粒に近い作用をし、柔らかく砕けやすい粒の集まりは引っかく抵抗は小さく、容易に砕けます。ひっかく抵抗の強い粒は表を研ぐ際に裏先端を微妙に鈍角化させてしまうとも考えられます。

 さて、ここでハンドソープや台所用の液体洗剤を2~3滴たらすことも砥石によっては有効です。洗剤に含まれる界面活性剤と粘度が増すことでよりしっかりした砥クソの膜を作ることと、砥粒の転がり抵抗を強める効果があると想像します。(柔らかい砥石をラップ盤に使おうとすると逆に掻き起しを促進してしまうので、とにかく硬い石が適しています。また人造砥石には変質させてしまうので、洗剤は絶対に使わないこと。)

 最初は切れ刃を「Vの字押し研ぎ」で、この砥粒をどんどんつぶして細かくする意識で研いでゆきます。砥粒が大きいうちは、シャリシャリと音がしますが、だんだんとつぶれて細かくなるに従い、音が小さく、しまいにはほとんど聞こえなくなります。

 次に、研ぎの方向は「斜め押し研ぎ」に変えます。いよいよ、マルテンサイトとセメンタイトの山谷を作ってゆくイメージです。0.5~1度立てて刃先の数十ミクロン前後を当てるような意識です。

 洗剤が足りなくなって膜厚が薄くなって来たと感じたら洗剤を足したり水も併用し、好みの粘度に調整します。

017、砥くそラップ.jpg

 切れ刃の「斜め押し研ぎ」をする場所は、写真のように巾方向の左端に決めます。そのストロークは15ミリ前後でいいでしょう。そして同じ場所で裏を当てます。そのストロークも15ミリ前後です。これは研クソの膜を同じ場所でどんどん細くしてゆく意識からです。

 表裏を何度か繰り返し、一旦紙コバ試験をします。合格しなければ、顕微鏡を覗いてみます。刃先に不規則な白い反射が見えたら、それが返りですからその面をラップします。最後の微細な返りが取れるか取れないか、あるいは取れて新たな返りが出てしまうかは、わずかに1ミリ程度の動きで決まってしまうほど繊細です。また、返りがどちらに向いているかは100倍でもかろうじて見え程度ですから、その判断は難しく、慣れるしかありません。そうして紙コバ試験をするうちに、ここまでの過程に間違いがなければ、極限の刃は完成します。

  こうして研ぎあがった鉋は、優秀なものであれば2~3ミクロンの削りを見せてくれるのです。もはやここが限界でしょう。

(追記ーこの最後の砥クソラップは微細なサンドブラストとも言えるわけですから、刃先を丸める作用をします。時間をかけすぎると刃先丸みが大きくなりますから、不必要にかけないことです。イメージとしては刃先を極限まで薄くした後に残った返りを最小の丸みで消滅させるような感覚でしょうか。)

018、2.5ミクロンの鉋くず.jpg

 この時マイクロメーターは2.5ミクロンと読めました。ただ、鉋屑の薄さを競う気はなく、その厚みは重要ではありません。僕にとっては、「どこまで研げたか、どこまで刃物の性能を引き出せたか?」それが重要なだけです。

 

 

 どんなに鍛冶屋さんが精魂込めて作っても、研ぎの限界が解らなければ、それぞれの刃物を生かしきることが出来ないことになります。22年苦しんだのはその「歯がゆさ」でもありました。

 その限界が解り始めた今になって、やっとその性能が引き出せたと思えた鉋が何丁もあったのです。この事実はとても重いことです。

 先に書いたように刃物にはそれぞれの個性があります。例えば、返りの取れやすい刃物、取れにくい刃物、。また鋼が生み出された時にすでに含まれる、スラグなどの介在物も鋼によって違います。遊離砥粒はそこが弱いところであれば、「谷」の部分として刃先を形成することでしょう。対して固定砥粒であれば、介在物の位置に関係なく「山谷」をつくることでしょう。とすれば、

 「固定砥粒による研ぎは刃物の弱さをあばき、遊離砥粒による研ぎは弱さをカバーし個性を生かす研ぎ」

 今はそんな感覚に至っています。一年前ですら、こんな境地は想像できませんでした。 

 

 

 ここに書いたことを裏付ける画像の撮影が出来た時に公開しようかと思っていましたが、これにはまだ、相当の時間がかかることでしょう。

 僕にとっては、この文章を書くのは、感動が新鮮な今しかないように思え、こうして書きました。 

 

 

  一人の力ではとてもここまで来る事は出来ませんでした。ヒントを頂いたすべての方に感謝し、そして、この成果を次の世代が有効に活用してくれることを、祈ります。

 

 

 長い長い旅の末、辿り着いたところは、元の場所、天然砥石だったのです。

 

 22年目の真実

 019、研ぎ場.jpg 

 それはなんと、この畳一枚の空間に元々あったのでした。

 

 


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